胸部大動脈解離発症後、定期的な観察を受けていたAさん(当時71歳)は、「動脈径が拡大してきた」とのことで人工血管置換術を勧められました。しかし、手術が終わった後、男性は下半身を全く動かすことができず、ベッド上寝たきりになってしまいました。病院側は、対麻痺は手術に伴う合併症であるとして、責任を否定していました。
確かに、対麻痺は胸部大動脈瘤人工血管置換術の合併症として知られています。脊髄の血流に重要な役割を果たす肋間動脈は大動脈から分岐しているため、その分岐部が人工血管置換術に含まれていると、対麻痺が発生する危険は大きくなります。これを完全に予防する手段はなく、対麻痺が発生したからといって責任が問えるとは限りません。相談にきた互角族に、そういったことを説明した上で、調査を受任しました。
開示されたカルテをみたところ、術前に説明されていた術式と、実際に行われた術式はかなり異なるものでした。
術前に説明されていた術式は、対麻痺予防のため、脊髄の血流に重要であると考えられる第7〜9肋間動脈を再建するというものでした。しかし、実際には、この肋間動脈の再建は行われていませんでした。
病院側とのやりとりの中で、正中切開で大動脈弓部分の操作をしている際に予定外の出血が起こったことが分かりました。第7〜9肋間動脈を再建するためには左側開胸を追加する必要があるところ、この状態でそれを行うことは侵襲が大きすぎるため、正中切開のみで行える術式(プルスルー法)に変更し、肋間動脈再建は実施しなかったというのが病院側の説明でした。
幸い、日本有数の症例数をもつ大動脈瘤治療の専門家の協力を仰ぐことができ、訴訟提起に踏み切りました。
訴訟では、執刀医及び第一助手の尋問に加え、この協力医の証人尋問も行われました。これによって有責の心証を得た裁判所は和解を勧告しましたが、病院側はこれを拒否して鑑定を申請しました。
鑑定結果は、病院の責任を否定するものでした。しかし、その根拠は極めて薄弱なものであり、病院を庇う態度がありありと見てとれました。原告側は、補充鑑定、再補充鑑定によってその非論理性を明らかにし、最終的には勝訴判決を勝ち取ることができました。
病院側は控訴せず、一審判決がそのまま確定しています。
限られたスペースで説明するのは難しいのですが、弁護士生活30年の中で、最も印象的な事件の一つです。
判例時報2207号に「患者の同意を得ることなくプルスルー法を採用したのは医師の裁量の範囲を超えて許されないとして、対麻痺が生じたことに対する損害賠償請求が認められた事例」として紹介されています。事務所ブログ「鹿児島大学病院プルスルー法事件の顛末( http://blog.livedoor.jp/kyushugodolo/archives/30669410.html )」というエントリーでも詳細に報告していますので、興味がある方は是非、読んでみてください。