内科系
2025/11/30

CASE64:胸部単純Xpで肺がんが疑われて紹介されてきた患者の、胸部CT上の結節影を見逃し、肺がんの発見が遅れた事例(訴訟前の示談)

 Aさんは75歳の男性です。体重低下、食欲不振を主訴として近所のB医院を受診し、胸部レントゲン検査で左肺に腫瘤影が認められたこと等から、C病院に紹介、入院となりました。

 Bクリニックから、C病院の紹介状には、「5年前56㎏あった体重が徐々に低下して50㎏になり、一月前から倦怠感、食欲低下がみられたため12月24日当院を受診されました。両側頸部に欠陥雑音を聴取、胸部レントゲンで左肺に腫瘤の疑い、腹部超音波では胆石、左腎嚢胞を認めました。CEA高値であり、体重減少の精査のため消化管を含めた精査が必要と判断し、紹介する次第です」というものでした。

 Aさんは2週間ほどC病院に入院し、採血、胸腹部造影CT、上下内視鏡検査等の検査を受けました。「……腹胸部造影CTにて胆石症を指摘されました。肺癌等認められませんでした。CEA上昇、体重減少の原因疾患は今回の入院では指摘できませんでした」というのがC病院担当医からB病院宛の返書の記載です。

 左からBクリニックで撮影された胸部X線写真、その5日後にC病院で撮影された胸部CTの矢状断、水平断です。

 C病院で撮影されたCTの水平断には、長径10㎜程度の楕円形の陰影が見てとれます。C病院の担当医は、これを見逃しました。

 ところで、Bクリニックの先生が注目した胸部X線写真での腫瘤影は、わたしには到底、判読できません。CTの水平断でみられる陰影を、矢状断で確認して、それと胸部X線とを比較して……とやってみますが、やっぱりよくわかりませんね。この単純X線写真で肺がんを疑ったB先生と、CTを撮影しても肺がんを発見できなかったC病院の担当医との差は、いったいどういうことでしょう。

 

 翌年の10月、Aさんは起床時の咳、痰を主訴としてB医院を受診しました。胸部レントゲン検査で、前年に認められた左肺の腫瘤様陰影が拡大していることが認められました。

 Aさんは、Bクリニックの紹介でD大学病院を受診し、胸部CTで、左肺上野の径3.3センチ大の肺癌及び縦隔リンパ節の転移が認められました。

 左からBクリニックで撮影された胸部X線写真、その20日後にD病院で撮影された胸部CTの矢状断、水平断です。前年に、C病院で撮影されたCTに映っていた陰影が約3倍に拡大しています。腫瘤の体積で比べれば、約27倍、ということになります。

 

 同月17日のPETでは、右大腿骨に骨転移の所見が認められました。

 

 その約2ヶ月後、Aさんは、全身転移性骨腫瘍に対する疼痛緩和治療のためにE病院に入院、2週間後に亡くなりました。死亡原因は、肺がんです。

 

 CT上の肺結節の判定基準と経過観察の考え方については、日本CT検診学会肺がん診断基準部会がガイドラインを策定・発表しています。

 2017年発表の第5版によれば、肺結節とは、最大径3㎝以内の円形、あるいは、辺縁が不整な吸収値上昇域と定義され、肺結節の性状により、均一なすりガラス陰影(pure GGO)、一部軟部組織吸収域を含むすりガラス陰影(mixed GGO)、軟部組織吸収値を呈する陰影(solid nodule)に分類されます

 C病院で撮影されたCT水平断の長径10㎜程度の楕円形の陰影は、solid noduleに該当します。このタイプの結節が10㎜以上の場合には、原則として、生検による確定診断が必要とされています。すなわち、本来であれば、この時点で生検が行われるべきであり、それが行われていれば、肺がんが発見されていたものと思われます。

 仮に、この陰影の長径が10㎜にやや足りないと診た場合、5㎜〜10㎜未満のsolid noduleであれば、喫煙者であれば3ヶ月後、非喫煙者であれば4ヶ月後に、スライス幅5㎜以下のCTで経過観察を行うべきとされており、いずれにせよ、より早期に肺がんが発見できていたことは間違いないでしょう。

 

 C病院は、Aさんの家族に対しては、「医師の読影能力の不足があったことは認めます。過失とまでは考えておりません」と説明していました。しかし、10㎜前後の小さな陰影であるとはいえ、CT上、かなり明確なsolid noduleであり、見逃してはならない所見だったといえます。

 この事件も、癌の見落とし事案につきものの、発見が遅れた過失と、死亡との因果関係という難しい問題はありましたが、最終的には、一般的な死亡慰謝料に近い金額で、訴訟前の示談が成立しています。

 

 本来の主訴が食欲低下であったことから、C病院の担当医は消化器内科でした。「読影能力の不足」には、おそらくそれが影響しているものと思われます。しかし、B医院の紹介状には、「胸部レントゲンで左肺に腫瘤の疑い」と明記されていたのですから、やはり呼吸器内科と併診するといった慎重さが必要だったのではないでしょうか。

 一方、B病院の先生は、糖尿病を専門とされている方でした。専門領域にかかわらず、医師の画像読影能力には、大きな個人差があるようです。

 

 癌の見落としは、医療事故の相談の中でかなり多くを占めており、その中でも、肺がん見落としの事例は最もポピュラーなものです。以下の解決事例も紹介していますので、併せてご参照ください。

 CASE20:胸部CTのスリガラス様陰影をCOP(特発性器質化肺炎)疑いとして経過観察した結果、ステージⅡAの段階で肺癌と診断され、より早期に診断された場合との5年生存率の差が問題になった事例

 CASE51:COPD患者の胸部X線にみられた腫瘍様陰影を血管陰影と判断し、それ以上の精査を行わなかったところ、10ヶ月後に頭蓋骨への転移を契機としてステージⅣの肺癌が発見された事例

© 九州合同法律事務所