新生児・小児科
2025/04/14 2025/04/19

ポイツ・ジェーガース(Peutz−Jeghers)症候群を有する言語発達遅滞の少年が、2日間にわたって嘔吐を繰り返した末に死亡、解剖の結果、腸重積が死因であることが判明した事例(勝訴判決確定)

 患者は、言語発達遅滞の障害をもつ12歳の少年です。

 土曜日の夕方、外から帰ってきたA君には、特に変わったところは見られませんでした。しかし、しばらくすると、くの字になって床に横になったり、苦しそうにお腹を押さえて歩き回ったりし始め、嘔吐を数回繰り返しました。異常を感じたお母さんは、市の設置する休日夜間こども診療所に連れて行きました。診察したB医師は、嘔吐下痢症と診断し、整腸剤及び解熱鎮痛剤と吐き気止めの座薬を処方しました。ここでAくんの唇のほくろに気づいたB医師は、お母さんに対し、「ポイツ・ジェーガース症候群と言われたことはありませんか」と尋ね、お母さんはこれを肯定しています。具体的なやりとりははっきりしないのですが、カルテには、「ポイツ・ジェーガースについてはX病院受診」という記載が残っていました。

 診療所から帰宅し、吐き気止めの座薬を入れた後も、A君の嘔吐は続きました。しきりにジュースを求め、少し飲んだだけですぐ嘔吐することの繰り返しでした。

 ほぼ一睡もできない状態で夜を過ごし、日曜日の朝になるのを待って、両親はA君を当日の在宅医となっていたC病院に連れていきました。

 A君は嘔吐下痢症による脱水と診断され、点滴を受けました。点滴中もA君は頻回に嘔吐し、吐き気止めの座薬が挿肛されますが、それでも嘔吐は止みませんでした。

 C病院からの帰宅後も嘔吐は続き、午後8時頃、両親は意識朦朧となったA君を、もう一度、こども診療所に連れて行きます。そこで診察したD医師の診断もやはり嘔吐下痢症。しかし、ぐったりしたA君の様子に、2〜3日入院して様子を見た方がいいと判断したD医師は、A君のかかりつけであったE病院宛に紹介状を出しました。

 午後11時過ぎにE病院に到着したA君は、月曜日の午前1時頃、心停止状態となり、救急搬送された大学病院で、死亡が確認されました。解剖により、ポイツ・ジェーガースポリープを先端として約180㎝の小腸が肛門側の小腸に入り込み、腸重積の状態となっていることが判明しました。死因は、腸重責症による腸管梗塞とされています。

 ポイツ・ジェーガース(Peutz−Jeghers)症候群は、食道を除く全消化管の良性ポリープと、皮膚・粘膜の色素班を伴う稀な疾患です。「ポイツ・イェーガー症候群」と表記されることもあります。

 一方、腸重積は、一般に生後数ヶ月から2~3歳までが好発年齢であり、その多くは特発性ですが、年長児や青年の腸重積は、器質的疾患に伴う腸重積であるばあいが多く、原因疾患との一つとしてポイツ・ジェーガース症候群による消化管ポリープが知られています。

 一審判決は、腸重積がいつ起こったかが分からないという身も蓋もない事実認定で患者側全面敗訴。控訴審で鑑定が行われた結果、制吐剤投与等の一般的な処置で嘔吐が止まらないのだから、嘔吐下痢症以外の原因を考えて血液検査などで原因を探るべきだったという点で、制吐剤の点滴のみで帰宅させたC病院の担当医と、外科的処置のできないE病院を転送先として選択したこども診療所のD医師の過失が認められました(福岡高裁平成26年9月4日判決)。この高裁判決が、上告棄却及び上告受理申立不受理決定により確定しています。

 

 高裁判決に不服があるわけではないのですが、わたしとしては、最初にポイツ・ジェーガース症候群の病歴を聴取したB医師は、腸重積を念頭においた検査をすべきではなかったか、少なくともその可能性を両親に説明しておくべきではなかったかという疑問が残っています。嘔吐は非特異的な症状であるとはいえ、腸重積の主要症状であることは間違いありませんし、当時の医学生向けの参考書には、ポイツジェーガース症候群について、「10~20歳代で口唇、口腔内及び手足に色素沈着がみられ、血便を伴う。また腸重積を合併しやすい」といった解説があり、実習においては基本的知識、医師国家試験では頻出項目とされていました(おそらくいまでもそうではないでしょうか)。ポイツ・ジェーガース症候群→腸重積合併に注意→この嘔吐は腸重積の症状では→とりあえず腹部X線とエコーくらいはしておこう……といった発想を期待することが、それほど無理な註文であるとは思えません。

 もうひとつ印象的だったのは、A君の両親が、症状として嘔吐以外に腹痛を挙げ、その旨を問診票に明記しているのに、診療に携わった複数の医師がいずれも腹痛の訴えを否定し、腸重積を疑わない理由の一つに挙げたことです。つまり、この事件の背景には、自らの言葉で症状を訴えることのできない障害児の症状を捉えることの困難さがあったと思われます。

 障害児の診療にあたる医師としては、生まれた時からこどもを見続けている両親の目を信じて、腹痛があることを前提とした診療を行うべきだったのではないでしょうか。

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