救急
2025/04/26

熱中症で救急搬送された患者に対するクーリングが不十分で、DIC、多臓器不全となった死亡した事案(勝訴判決確定)

 高校1年生のAくんが、夏休みの野球部の練習中、意識を失って地元のB病院に搬入されたのは午後0時25分のことです。その時点での体温は39.9℃。発汗あり、便・尿失禁あり、呼びかけに対する反応は鈍いけれども、痛み刺激に対する反応は示すという意識状態でした。

 補液は外来ですぐに開始されましたが、氷嚢によるクーリングが開始されたのは、入院した午後2時頃のことでした。入院時の診断名は、高度脱水と熱中症です。

 体温は、午後3時半頃には40.4℃とさらに上昇しており、夜10時まで39度℃を超える高体温が続きました。翌朝午前6時頃の検温では37.0℃とようやく山を越えたかに思えましたが、午前10時頃からは再び体温が上昇しはじめました。その頃には、肝機能を示すALT、ASTの値がそれぞれ395、381という明らかな異常値を示しています。また搬入時に33万あった血小板が3万にまで減少しており、DIC(播種性血管内凝固症候群)の徴候を示していました。そして、午後4時頃にはASTが1万4260、ALTが1万3580というパニック値となり、体温も39.6℃まで上昇して、大学病院の救急救命センターに搬送されることになりました。搬送時の傷病名は、横紋筋融解症、肝・腎障害、DICです。

 救命センターでは、ウォーター・ブランケットという機器による全身冷却や、DICに対するFFP(新鮮凍結血漿)投与、高サイトカイン血症に対するCHDF(持続的血液濾過透析)などの治療が行われますが、奏功せず、脳死状態を経て、約2週間後に死亡しました。

 病理解剖の結果によれば、死亡原因は、熱射病による多臓器不全でした。

 高気温環境で起こる全身の障害を総称して、「熱中症」といいます。その最重度の病態が「熱射病」です。

 人間は、体内における熱産生と、体表からの熱放散で、体温を調節しています。しかし高気温環境下で、ある程度以上に体温が上昇してしまうと、体温調節中枢の機能が喪われ、熱放散が行われないことによってさらなる体温上昇を招きます。体温が41℃を超えると、人間の体を構成しているタンパク質が変性し、さまざまな臓器が壊れていくことになります。筋肉を構成している横紋筋も融解し、腎臓の尿細管を閉塞させます。これが熱中症による多臓器不全です。

 したがって、熱射病あるいはそれに近い重度の熱中症に対する治療は、まずは迅速なクーリングと十分な輸液です。そして、どれくらいのスピードで体温を低下させることができるかが救命の鍵だとされています。核心温(腋窩などで測る体表面の温度より1℃程度高いのが普通です)39℃以下を目標として毎分0.1〜0.2℃程度が望ましいとされており、つまり40℃の体温を、10〜20分後には38℃にまで下げるような、強力なクーリングが必要だ、ということになります。

 体表面からの効果的なクーリング法として最も効果的なのは、気化熱を利用するもので、15℃程度の水をスプレーし、30〜35℃程度の温かい空気を扇風機で吹き付けて、体表面から気化熱を奪うというものです。全身を冷水に浸すという方法もあり、救命センターで行われたクーリングマットというのはそれに近いものだと思われます。

 体外循環によって血液を冷却するという方法も非常に効果的ですが、もちろん、心臓手術を行うような医療施設でないと設備がありません。その簡易な方法として、輸液のボトルやルートを冷やすというものがあり、これは救命センターでも行われていました。

 B病院に搬入されてから、クーリングが開始されるまで、1時間半以上が経過していました。ようやく開始されたのは、腋窩及び鼠径部に氷嚢を置くという方法であり、これは皮膚の血管を収縮させ、中枢から皮膚表面への熱移動を阻害するため効率がよくないとされています。しかも、クーリング開始から90分後の体温は、むしろ上昇していたのに、漫然とこの不徹底なクーリング方法を継続しました。

 調査段階で主治医のC医師に面談したところ、「クーリング? 看護師さんがきちんとやっているはずだと思いますよ」、「氷嚢とアイスノン以外に何か方法があるんですか?」といった反応で、その意識の低さに驚きました。法廷で、午後3時半の体温上昇についての質問に対しても、「クーリングなんて、そんなにすぐ効果がでるものじゃありませんよ」とノンビリした答えでした。

 この事件は、このC医師と、病院側協力医の証人尋問を終えた段階で、有責前提の和解勧告がなされました。病院側がそれを拒否したため、原告側全面勝訴の判決が言い渡され、それが一審で確定しています(福岡地方裁判所平成5年10月6日判決:判例時報1853号p120、判例タイムズ1182号p276)。

 この事件を題材にした、法学部生、法科大学院生、司法修習生向けの書籍として「小説医療裁判:ある野球少年の熱中症事件」(法学書院)がありますので、お読みいただけると幸いです。

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