Aさんは、生後10日頃に高アンモニア血症が判明し、その後の検査で、OTC欠損症と診断されました。
OTC欠損症は、尿素サイクルに関わる酵素の1つであるOTC(オルニチントランスカルバミラーゼ)の欠損による尿素サイクル異常症の1つで、尿素サイクルの機能不全によりアンモニア処理能力が低下し、高アンモニア血症をきたす先天性疾患です。内科的には栄養療法と薬物療法がありますが、コントロール不良の場合には、生体肝移植の適応となります。
X染色体連鎖遺伝形式をとるため、男性患者は極めて重症であり、新生児期に発症し死亡する場合が多いのに対し、ヘテロ接合体の女性患者は、2本のX染色体がランダムに不活性化されるために、残存するOTCの活性は、完全欠損から、ほぼ正常に保たれる例まで非常に多様です。実際、Aさんの双子のお姉さんもOTC欠損症でしたが、ほとんど、高アンモニア血症を発症したことはありません。
1歳の誕生日を迎える頃まで、Aさんは何度か高アンモニア血症を発症し、いくつかの病院への入通院を繰り返しました。しかし、この間のアンモニア値は最高でも285μg/dl程度であり、糖分を含む輸液や、安息香酸ナトリウムの点滴で速やかに改善しています。
両親は、通院していたB病院から、Aさん及び双子のお姉さんに対する、お父さんをドナーとする生体肝移植を勧められ、その適応を判断する目的で、Aさん姉妹は、肝生検を受けることになりました。
肝生検後、4時間はベッド上絶対安静の指示でしたが、鎮静から覚醒したAさんは不穏状態となり、大声で泣き叫び、暴れようとするのを両親が2人がかりで抑えねばならない状態が続きました。安静が解除されたときにはAさんはぐったりして夕食も摂取できない状態となっており、お母さんはナースコールをして、「ちょっとぐったりしてます。アンモニアが上がるときがいつもこんな感じなんですけど…」と訴えています。
日付が変わった深夜、Aさんは突然、噴水様に嘔吐しました。お母さんは、直ちにナースコールし、アンモニア値の検査を求めましたが、当直医は、朝になったら対応すると言うのみで何のら処置も行いませんでした。
午前9時の検査で、Aさんのアンモニア値は673μg/dlという、かつて経験したことのない高値を示していました。そこからアルギニンの点滴による治療が開始されましたが、Aさんはまもなく昏睡状態となり、気管内挿管による人工呼吸管理となりました。その後も、人工透析、血漿交換などの治療が行われましたが、奏功せず、ピーク時のアンモニア値は1700μg/dlを超えました。
Aさんは肝生検から5日後に亡くなりました。死亡原因は、高アンモニア血症による代謝性脳症です。
正常人の血中アンモニア値は通常15〜60μg/dlに保たれています。
OTC欠損症のような尿素サイクル異常症の場合、発熱、感染、飢餓等の要因によって、アンモニア値が急激に上昇することがあります。ストレスもまたこのような急性増悪の引き金になることが指摘されています。
アンモニア値が100μg/dl以上になると、食欲不振、嘔気、興奮、不眠、性格異常などが出現し、200μg/dl以上になるとけいれんや意識障害が出現、400μg/dl以上では昏睡に陥り、呼吸抑制が出現することがあります。その高値が持続すると、中枢神経の障害が不可逆的なものになり、死亡という最悪の事態を招きますし、一命を取り留めても重篤な後遺症を残します。
したがって、できるだけ早く高アンモニア血症の徴候に気づき、治療を開始することが重要とされています。
本件では、幸いにして、小児の先天性代謝性疾患の専門医の協力を得ることができました。さまざまな事情から、顕名の意見書を作成していただくことまではできませんでしたが、被告B病院の準備書面を詳細に読んでその問題点を詳しく指摘し、わたしたちの作成する準備書面にも丁寧な意見をいただくことができました。
そのお蔭で、本件では、証拠調べ前に、責任を前提とする裁判所の和解所見を得ることができました。和解所見は、肝生検後、遅くとも噴水様の嘔吐がみられた時点でアンモニア値を測定すべきであり、それを行わなかったB病院の過失が認められる可能性及びその過失とAさん死亡との因果関係が認められる可能性が高いというものであり、この所見に従って和解が成立しています。
最近は、裁判所から原告側に対し、協力医の意見書を求められることが多くなりましたが、医療の世界は狭く、名前を出して意見書を書いてくれる医師を得ることは容易ではありません。しかも、説得力のある意見を述べることができるような専門性の高い医師ほど、名前を出すのが困難であるという傾向もあります。
本件の審理を担当した裁判官は、そのあたりの事情を理解した上、原告の主張に説得力を認めて、早期に和解を勧告しました。医療過誤訴訟の審理にあたる裁判官は、ぜひこうあってほしいものだと思います。