外科系
2025/08/16 2025/08/19

CASE42:虫垂炎との術前診断による開腹手術で虫垂を発見できないまま終了、その約2週間後にメッケル憩室炎からの敗血症性ショックで死亡した事例(一、二審勝訴・判決確定)

 Aさん(当時25歳・女性)は、7月29日、下痢と発熱を訴えてB医院を受診、8月3日には回盲部痛を訴えて同じくB医院を受診しました。院長のB医師は、痛みの部位と白血球増多などの所見から急性虫垂炎を疑い、4日、5日と通院で経過を見た後に、6日、圧痛点が回盲部に限局してきたことから、開腹手術に踏み切りました。

 しかし、B医師は虫垂突起を発見できず、そのまま閉腹してしまいました。

 術後、Aさんは一貫して腹痛(カルテ上は胃部あるいは心窩部)を訴え、嘔吐もみられましたが、B医師は鎮痛剤を投与するのみでした。17日には術後潰瘍を疑って上部消化管の造影検査を行いましたが、潰瘍は発見できず、19日には、B医師は、「症状が落ち着いてきた」としてAさんを退院させました。

 退院後もAさんの腹痛は治まらず、退院翌日の20日も、さらに21日も、B医院に通院しています。

 22日の早朝、Aさんは夜間から続く激しい腹痛に耐えかねて動くこともできず、別室で寝ていた父親に携帯電話をかけてその旨を訴えました。父親は慌てて、AさんをB医院に運びました。Aさんを診察したB医師は、流石にここに至って自分の診療に限界を感じたのか、救急車の出動を要請、AさんはC病院に搬送されることになりました。

 Aさんは搬送先のC病院で、絞扼性イレウスとの診断で緊急開腹手術を受けましたが、術中に心停止となり、数日間の脳死状態を経て、死亡しました。死因は、敗血症性ショックです。

 解剖の結果、Aさんの回腸は回盲部口側8〜20センチの部分で腹壁と強く癒着しており、癒着周囲の腹壁内に小拳大の膿瘍が形成されていたこと、その癒着はメッケル憩室炎によるものと考えられること、虫垂には炎症等の異常はみられず正常な形で存在していたことが分かっています。

 つまり、Aさんの腹痛は、虫垂炎によるものではなく、メッケル憩室炎によるものだったのです。

 

 憩室とは、一般に、消化管の一部が外側に突出して袋状になっている状態をいいます。メッケル憩室は、胎児の間に一時的に発生する卵黄管という管状の組織が消失せずに残ることで発生し、全人口の2%にはみられるというありふれたものです。多くの場合、何の症状も起こしませんが、稀に、出血、腸閉塞、憩室炎といった症状、疾患の原因となることがあります。

 

 当時の教科書的な文献には、メッケル憩室炎の症状は虫垂炎によく似ているため、急性虫垂炎を疑った手術で虫垂が正常だと判明した場合には、必ずメッケル憩室炎を疑うべきであり、その有無を探索するため、回盲部から回腸を50㎝ないし1mは探索・確認する必要があると書かれていました。腹腔鏡手術が主流になった今日では、メッケル憩室の探索はさほど難しいことではないと思われますが、開腹手術の場合、メッケル憩室を探索するためには術創を大きく拡げる必要があるため、特にそのような記載がなされていたのだと思います。

 この事件を一緒に担当した弁護士は、子どもの頃に虫垂炎の手術を受けたところ実はメッケル憩室炎だったという経験を持っていましたし、わたし自身、たまたまこの事件の訴訟係属中(2002年)に虫垂炎に対する腹腔鏡手術を受けた際も、執刀医からは腹腔鏡手術のメリットとしてその旨の説明を受けました。

 しかし、法廷でのB医師の証言は、自分はメッケル憩室炎がどのような病気かよく知りませんという驚くべきものでした。

 本件の場合、手術適応と評価されるだけの虫垂炎様の症状があったにもかかわらず、手術で問題が解決していないことは明らかなのですから、速やかにAさんをより高度な医療機関に転送すべきだったと思われます。

 B医師の責任を認めた福岡地裁判決平成16年1月16日判決が確定し、判例時報1891号に掲載されています。

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