外科系
2026/01/05

CASE68:2歳女児の心室中隔欠損閉鎖術術後8日目に起きた心膜切開後症候群に対する診断、治療が遅れ、低酸素性虚血性脳症による重篤な後遺症を遺した事例(訴訟前の示談)

 2歳のAさんは、B大学病院で、心室中隔欠損閉鎖術(パッチ手術)を受けました。

 術後8日目の朝、Aさんは嘔吐を繰り返し、お母さんは、担当の看護師や、回診に来た心臓外科部長にその症状を訴えました。しかし、心臓外科部長は、「小児科の先生に診てもらわないといけないね」というだけで、特に検査・処置の指示はしませんでした。午前10時半頃に診察にきた担当のC医師(小児循環器)は、便秘を疑って浣腸を行い、2〜3時間は飲食を控えるようにとの指示を出しています。

 この午前中、180回/分という頻脈が記録に残っており、午後には看護師が四肢冷感の所見を採っています。また、朝から排尿がないことも確認されました。

 午後3時半頃、学童検診のために病院外にいたC医師に対し、看護師から、無尿であること、顔色不良で活気がないこと、体温が低いことが電話で伝えられています。これに対してC医師は、午後5時頃には病院に帰るのでそれから点滴をしますと応えました。

 午後4時45分頃、Aさんは、顔面蒼白、口唇チアノーゼで、爪で自分の手を掻きむしったり、口の中に手を入れたり、お母さんのネックレスを引っ張ったりという不穏状態になりました。異常を訴えるお母さんに対し、看護師は、「もうすぐC医師が帰ってきますから」というのみでした。

 しかし、C医師が戻ってくる前の午後5時15分頃、Aさんは心停止に至り、心マッサージなどの蘇生措置にも反応しない状態が続きました。午後5時57分頃、戻ってきたC医師による心膜穿刺により127㎖の心嚢液が吸引され、自己心拍が再開しましたが、Aさんには、低酸素性虚血性脳症による両上下肢の機能全廃及び体幹機能障害の後遺症が残りました(身体障害者1級)。

 心室中隔欠損は、心臓の左室と右室を隔てる筋肉の壁(心室中隔)に穴が空いている状態です。先天性心疾患は100人に1人程度の割合で起こりますが、その20%を心室中隔欠損が占めています。その中には、心室中隔欠損のみの場合もありますし、他の先天性心疾患を合併していることもあります。

 CASE33:大型心室中隔欠損症の3歳女児が、フォンタン手術後3日めに容態が急変、低酸素脳症となり、四肢麻痺、精神発達遅滞等の後遺症を残した事例

 その症状は、穴の大きさや、穴の位置によって様々で、乳児のうちに手術しなければ生命にかかわるような重篤な症状を示す場合もあれば、特に何の症状も来さす推移する場合もあります。既に肺高血圧症が出現していたCASE33と異なり、Aさんには、特に重篤な症状はありませんでしたが、自然閉鎖が期待できる2歳を超えたことから、将来的な肺高血圧の進行を予防するために手術に踏み切ったものでした。

 Aさんを心停止に至らせたのは、心膜切開症候群と呼ばれる病態です。

 心膜切開後症候群は、心膜切開を伴う心臓手術施行例の約3分の1の症例にみられ、心臓手術後の患児を管理する医師にとって極めて重要な合併症の一つです。術後1週間ないし数週間後に、発熱、倦怠感、食欲不振、胸痛といった非特異的な症状で発症し、アスピリンなどのNSAIDs(非ステロイド系消炎鎮痛剤)やステロイドの投与が有効とされています。

 しかし、症状が進んで、心臓とそれを包む心膜との間に貯留した心嚢液によって心臓の動きが圧迫されて正常に動かなくなる状態(心タンポナーデ)になってしまうと、チアノーゼ、冷感、頻脈、呼吸困難などの症状が現れ、外科的に心嚢液をドレナージしないと心臓の動きが止まってしまうことになります。

 B病院では、手術翌日に一度胸部単純X線撮影が実際されただけで、心エコー検査は一度も行われていませんでした。C医師は、術後2日間、ドレーンからの排液がなかったので心嚢液貯留は予測しなかったと説明しましたが、心内膜切開後症候群の好発時期が術後1週間以降であることを考えれば、そんなことは楽観の理由にはならないはずです。

 術後8日目の朝からみられた嘔吐、四肢冷感、頻脈、無尿などの症状は、心内膜切開後症候群を疑うに十分な徴候だったといえます。この時点で心エコー検査を行っていれば、心嚢液の貯留がみられたはずであり、抗炎症剤の治療だけで治癒した可能性もありますし、外科的な心嚢液ドレナージを実施していれば、心停止から低酸素脳症に至ることはなかったものと思われます。

 担当のC医師は、学童検診で病院内にいなかったことを悔やんでいましたが、B病院は大学病院であり、C医師以外にも循環器内科医もいれば心臓外科医もいます。病院全体として、少なくとも手術チーム全体として術後管理にあたるという姿勢が徹底されていれば、防げた事故だったのではないでしょうか。

 この事件は、訴訟前の示談で解決しました。

 示談書には、逸失利益、慰謝料、将来介護費などの金銭賠償以外に、「B病院は、本件医療事故を真摯に受け止め、同様の医療事故の再発防止に向け、心臓手術後の術後管理体制を再検討するとともに、本件医療事故情報を、医療事故情報収集事業へ提供する、関連学会で症例発表する等の適切な方法で、多くの医療機関が本件医療事故の情報を共有することができるよう最大限に努める」との条項が入っています。

 小児の先天性心疾患に対する手術に関する医療事故としては、CASE33以外にも、以下の症例を紹介していますので、併せてご参照ください。

 CASE03:先天性心疾患(単心房単心室)に対するフォンタン手術後、遷延性意識障害となり8年後に死亡した事例

 CASE52:極型ファロー四徴症の1歳女児に心室中隔欠損閉鎖術+右室流路形成術を行ったところ、空気塞栓によるものと思われる多発脳梗塞により四肢麻痺の後遺症を残した事例

 

 

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