外科系
2025/12/26

CASE67:MICS手術で体外循環のための脱血管挿入時にダイレーターで静脈を損傷したことを見逃しそのまま手術を続行、大量出血によるDICで死亡した事例(一審で訴訟上の和解)

 Aさんは68歳の女性です。15年前に肥大型心筋症と診断され、近所のクリニックで経過観察中でした。ある日、公園を散歩中に失神し、B病院に救急搬送され、いったんは心停止状態でしたが、除細動により心拍が再開し、特に後遺症なく回復しました。

 その後、B病院で精査の結果、手術を受けることになりました。右小開胸経僧帽弁的左室中隔心筋切除+経三尖弁的右室流出路心筋切除術。いわゆるMICS(Minimally Invasive Cardiac Surgery:低侵襲心臓手術)という術式です。

 人工心肺による体外循環のためには、静脈に脱血管、動脈に送血管を挿入することになります。そして、血管にカテーテルを挿入するには、まずガイドワイヤーを血管内に挿入し、それに沿ってダイレーターという器具を血管に挿入して刺入口を拡張する必要があります。この手術では、まず、右大腿静脈に脱血管を挿入する際、ダイレーターがある程度以上挿入できず、刺入口が拡張できないという問題が起こりました。そのダイレーター挿入に難渋しているうちに、そもそも、挿入しているガイドワイヤーが脱血管用のものではなく、送血管用のものであったということがわかりました。そこで、ガイドワイヤーを入れ替えることになり、挿入されていたガイドワイヤーを抜去すると、そのガイドワイヤーはくの字型に屈曲していました。新たに脱血管用のガイドワイヤーを挿入し、それに沿ってダイレーターを挿入しようとしますが、やはりある程度以上の大きさのダイレーターは挿入できませんでした。そこで右大腿静脈に脱血管を挿入することを断念し、改めて左大腿静脈にアプローチすることで脱血管を挿入することができました。

 この後の経過は簡略にまとめます。

 この手術は、予定された操作を終えて自己心拍を再開させた段階で、心拍出量を確保できず、体外循環から離脱することができませんでした。そのため、さらなる右室流出路狭窄解除が必要と判断され、胸骨正中切開による開胸術に移行、右室流出路狭窄解除を終えた段階で、いったんは体外循環から離脱できました。しかし、その時点では、多量の出血によるDIC(播種性血管内凝固症候群)となっており、腹部緊満及び膀胱内圧上昇から腹部コンパートメント症候群も疑われる状況でした。試験開腹を行ってみると、小腸の一部が壊死しており、その切除が行われました。この際の手術所見で後腹膜血腫が確認されています。

 結局、Aさんは、最初の手術開始から約36時間後に死亡しました。B病院の医療事故調査報告書では、後腹膜出血によりDIC(播種性血管内凝固症候群)となり、出血が制御できなくなって、腹部コンパートメント症候群から腸管虚血が進んだことなどによって死に至ったものと考察されています。つまり、死亡の原因となったのはダイレーターによる静脈損傷だというのが、この報告書の見解です。

 右大腿静脈から抜去されたガイドワイヤーはくの字型に屈曲していました。

 ガイドワイヤーは、屈曲した血管内の走行を可能とするために、高い弾性を備えています。力を加えれば撓むが、力を除けば元の形に戻るのがガイドワイヤーの性質です。抜去したガイドワーヤーに屈曲が認められたという事実は、ガイドワイヤーに対し、その弾性を超える程度の強い力が加わり続けたということを示すものと考えられます。

 この力は、ダイレーターによって加えられたものと考えられます。つまり、ダイレーターの先端が血管=ガイドワイヤーの走行方向とは異なる方向に進行したため、ガイドワイヤー及び血管壁に強い力が加わったことを、ガイドワイヤーの屈曲は示しています。単純に示せば下図②のような状況です(これはあくまでも単純に図式化したものです。ガイドワイヤーもダイレーターも血管壁の外から挿入されるものなので、血管の走行とダイレーターの走行は①のように完全に一致することはありません)。

 執刀医は、遺族への説明では、「ガイドワイヤーが曲がって出てきた時点で、いったん手術を中止し、造影CTを撮影すべきだった」、「そういった選択が躊躇なくできるための教訓にしたい」と反省の弁を述べていました。

 手術のために体外循環を行うためにはヘパリンで血液凝固能を低下させる必要があります。本件は、静脈損傷が発生したにもかかわらず体外循環に移行して手術に踏み切ったために、静脈からの出血が止まらず、DICに至りました。体外循環に移行する前に静脈損傷を発見し、プロタミンでヘパリンを中和して安静を保てば、本件のような結果は避けられたはずです。

 しかし、そのような執刀医の反省は、医療事故調査報告書の再発防止策にはまったく反映されず、裁判では、「ガイドワイヤーが曲がって出てきたからといって静脈損傷を疑うべき注意義務は存在しない」として争いました。さらには、当初は認めていた静脈損傷と死亡との因果関係も、「静脈損傷での出血はわずかなものであり、人工心肺で体外循環を行えば特段のイベントはなくても後腹膜血腫は起こり得る」と否認に転じました。

 本件は、「ダイレーターの挿入に伴う静脈損傷は稀ながら合併症として起こり得るものとされており、本件において使用された器具そのものの添付文書ではないものの、ダイレーター等の添付文書において、血管内の操作において抵抗を感じた際に原因を確認すべき旨の記載があること等を勘案すると、ダイレーターの挿入の際に抵抗を感じた場合には、その原因を探るのが適切であり、これを怠ったことについて一定の過失があると言い得るのではないかと考えます」との裁判所の和解所見に従って、和解が成立しました。

 術後の執刀医の説明どおり、今後の教訓にしてもらいた事例です。

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