Aさん(3歳・女児)が、両親に連れられてB地区夜間急患センターを受診したのは、午後8時30分頃のことでした。カルテの記載によれば、現病歴として「昼食時に腹痛が出現し、嘔吐が1回あったこと」、「C病院を受診し制吐剤を使用するも3〜4回嘔吐があったこと」、「夕方から徐々に熱が上がってきたこと」が把握されています。
体温は39.1度、血圧は88/40で、四肢末梢の冷感がありました。また、医師の腹部触診中に血性の嘔吐があり、午後8時51分の検査では、23700という著明な白血球増多が見られました。
これに対し、担当医は、ウイルス性の腸炎を疑い、点滴と制吐剤の投与を指示しました。
日付の変わった午前0時40分頃、Aさんの意識状態は低下し、近くの救急病院に搬送されました。しかし、到着時には既に心肺停止状態、そこで気管内挿管等の蘇生措置を施されつつ、さらに三次救急病院に転送されますが、同日午前4時10分に死亡が確認されました。
解剖の結果、小腸の軸捻転によると考えられる重度の絞扼性腸閉塞による小腸の出血性壊死が認められ、これが死亡原因であることが判明しました。解剖にあたった医師は、腸管壊死が小腸に限局して約90センチと比較的短かったこと、小腸軸捻転でも腸回転異常を伴うものではなかったことなどから、早期に正確な診断をして開腹手術をしていれば十分救命可能性があったとコメントしています。
腸軸捻転症は、腸管が自身の腸間膜軸(腸管を支える組織)を中心に、異常に捻れてしまう病気です。激烈な腹痛や、嘔吐、腹部膨満感などの症状を伴い、捻れたまま時間が経過すると血行障害から腸管の壊死を生じ(絞扼性腸閉塞)、致死的な経過を辿ることになります。
嘔吐を主訴として受診する子どもの診療にあたっては、安易なウイルス性腸炎(感冒性嘔吐症)の診断のもとに重要な消化器疾患を見逃さないよう注意すべし、ということは、さまざまな教科書的文献で強調されています。同様のことは、解決事例ポイツ・ジェーガース(Peutz−Jeghers)症候群を有する言語発達遅滞の少年が、2日間にわたって嘔吐を繰り返た末に死亡、解剖の結果、腸重積が死因であることが判明した事例でも、問題になりました。
急性の腹痛を訴える小児に対し、最も重要なことは、外科的治療が必要な腹痛か否かの鑑別です。外科的治療が必要な急性腹症が疑われる場合には、即刻、外科的治療が可能な医療機関に転送しなければなりません。
そして、この鑑別のためには、問診、視診、触診、血液検査等だけではなく、腹部X線検査が非常に重要です。本件では、その腹部X線撮影が実施されていません。
白血球数23700という数字は、ウイルス性胃腸炎や脱水といった原因だけでは説明しにくいものであり、むしろ虫垂炎や絞扼性腸閉塞といった外科的治療が必要な急性腹症を疑わせるものです。また、腹痛と嘔吐の訴えがある一方、下痢を伴っていないことからすれば、安易にウイルス性胃腸炎とは診断できないはずです。
さらに、血性嘔吐は、絞扼性腸閉塞のために腫脹・充血した腸管の浸出液が嘔吐されたものと考えられ、これもまた外科的治療の必要性を想定すべき重要な所見です。しかも、四肢末梢の冷感は、既にショックあるいはプレショックの状態に陥っていることを思わせる所見であり、急性腹症であれば、かなり緊急の対応を要します。
こういった徴候から、担当医が、別の原因を疑って腹部X線撮影を行っていれば、ニボー像など、腸閉塞の特徴的所見が得られて、外科手術が可能な医療機関に救急搬送されることになっていたのではないでしょうか。
とはいえ、この担当医がAさんの診療に関わったのはわずか4時間のことであり、それを責めるのはやや酷だという見方もあると思います。実際、担当医は、わたしの質問に対し、「ウイルス性腸炎で下痢を伴わない症例もある」、「白血球増多は脱水によるものとも考えられる」と切り返していました。
しかし、同席していた父親が、「私の娘は、助からない運命だったということでしょうか」と問いかけると、担当医は、しばらく沈黙した後、「救わなければならない命でした」、「救えるのは私だけでした」と頭を下げ、腹部X線撮影を行うべきだったと謝罪したのです。
遺族側からの損害賠償請求に対する病院側の提示額は、死亡事案にしてはやや少額なものでしたが、私からそれをきいたご両親は、即座に応諾されました。
残念な事件ではありましたが、担当医の率直な謝罪により、早期に適切な解決が得られた事件として印象に残っています。