産科・婦人科
2025/07/30

痙攣を子癇発作として観察されていた妊産婦が、帝王切開による分娩後に脳出血で死亡した事例(一審敗訴後の控訴審で和解)

 Aさんは、39歳の女性です。出産のために、妊娠33週の頃に実家に戻り、B病院を定期的に受診するようになりました。

 妊娠39週2日午前11時頃、陣痛のため、AさんはB病院に入院しました。午後に入ってAさんの血圧は上昇し、21時50分には182/92㎜Hgという高血圧を示していました。自宅に帰っていた担当医Cの指示で降圧剤アプレゾリンの点滴が開始されましたが、血圧はさらに上昇し、C医師が病院に戻ってきた22時45分の時点では、200/90㎜Hgとなっています。

 その5分後、Aさんに硬直性痙攣がみられ、血圧はさらに230/100㎜Hgに上昇しました。C医師は子癇発作と診断し、抗痙攣薬マグネゾールを投与しました。

 23時55分、帝王切開が開始され、翌0時に児が娩出されました。しかし、抜管後しばらくするとAさんの自発呼吸は停止してしまいました。

 1時45分に撮影された頭部CTで脳出血が認められ、2時頃、C医師は脳外科医に連絡をとりました。3時半から脳外科医による血腫摘出及び減圧術が実施されましたが、Aさんは術後意識を回復することなく、5日後に死亡しました。

 死亡原因は、脳出血です。

 当時(事件発生は2006年)の教科書的な文献によれば、子癇とは、「妊娠中毒症によって起こった痙攣発作であり、てんかん・脳出血・脳腫瘍等の偶発合併症に基づく痙攣発作は除外する」と定義されていました。今日でいう、妊娠高血圧症候群や妊娠高血圧腎症が重症化した場合に起こるものです。

 Aさんの遺族は、妊娠中毒症の管理や、血圧管理の問題、脳出血の診断及び治療の遅れなどを過失として、B病院及びC医師を相手に訴訟を起こしましたが、一審判決は全面敗訴でした(福岡地裁平成14年11月11日判決:判例タイムズ1208号)。産婦人科医による鑑定が実施されており、判決は基本的にこの鑑定意見に従ったものです。

 控訴審では、遺族側は、過失の論点を、脳出血の診断の遅れに絞り込みました。22時50分に起こった硬直性痙攣とその後の意識障害(呼名に対して反応があったというのが病院側の主張でしたが開眼がなかったことは明らかでした)から脳出血を疑い、帝王切開前に、速やかに頭部CTを撮影すべきだった、という主張です。

 これに対して、病院側は、22時50分頃に起こった硬直性痙攣は子癇発作で、脳出血が起こったのは帝王切開後、自発呼吸が消失した時点であると反論しました。痙攣が治まった後、意識レベルが低下しているように見えるのは、抗痙攣薬マグネゾールの作用であり、子癇であることと矛盾しない。だから、頭部CTを撮影する必要はないし、撮影したとしても脳出血は起こっていないのだから結果に影響はない。

 確かに、「妊娠中毒症によって起こった痙攣発作であり、てんかん・脳出血・脳腫瘍等の偶発合併症に基づく痙攣発作は除外する」という定義に従えば、「子癇」と「脳出血」は両立しません。子癇であると言ってしまえば、脳出血を疑った検査は不要ということになってしまいます。

 しかし、そう考えるとすれば、論理が逆転しています。この定義は、脳出血を除外しない限り、子癇とは評価できないことを意味しているはずです。

 では、脳出血を除外するために、何が必要か。

 頭部CTです。

 名前を呼んでも目を開かないという意識状態である以上、頭部CTでその原因を探る必要があるはずです。

 控訴審では、子癇と脳出血の関係について、妊娠中毒症の権威であった産婦人科専門医、マグネゾールの作用について薬学専門家、脳出血の症状について脳外科専門医の意見書を提出した末、脳外科医による再度の鑑定を採用させることができました。

 鑑定結果は、過失主張においては、全面的に遺族側の主張を支持するものでした。脳出血が発生したのは血圧が急上昇した21時50分から硬直性痙攣が起こった22時45分頃の間であり、22時45分以降、帝王切開を開始するまでには頭部CTを撮影すべきであったというのが鑑定人の見解です。また、損害との因果関係においては、その間に脳出血を診断して、適切な処置を講じていれば、後遺症を残すことは避けられなかったにせよ、死亡という結果は回避できたとの見解が示されました。

 この鑑定意見に従い、一般的な死亡慰謝料程度の金額で、和解が成立しました。

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