外科系
2025/08/19

CASE43:腹壁破裂で出生した生後4ヶ月の乳児の腸管癒着剥離+回腸瘻造設術後の低血糖を見逃し、呼吸停止から重篤な後遺症を残した事例(一審で訴訟上の和解)

 Aくんは、出生前診断で腹壁破裂と診断されており、分娩後の外科的修復を予定したB大学病院で、予定帝王切開で出生しました。出生体重は2460gでした。分娩当日、小腸、大腸を脱出臓器とする腹壁破裂及び結腸閉鎖に対する一期的腹壁閉鎖術、腸閉鎖根治術が施行されています。

 その後、生後3ヶ月目に癒着性イレウスに対する癒着剥離及び回腸瘻造設術が行われますが、その約1ヶ月後に再び腹部が膨満し、再度の腸管癒着剥離及び回腸瘻再造設術を受けます。このときのAくんの体重は2662g。健常児であれば5000gを超えているような時期ですが、消化管疾患のため、出生時からほとんど増加していません。

 手術は14時32分頃に始まり、17時頃に終了しました。

 18時に測定された血糖値が19㎎/dℓと明らかに低かったため、主治医は21時頃、簡易血糖測定器によって再度の測定を行い、72㎎/dℓの数値が出たとAくんのお母さんに報告しています。

 ところが、翌日未明から、Aくんの血圧は不安定となり、測定不能と回復を繰り返すようになります。午前7時頃には無呼吸状態となり、午前7時30分には気管内挿管による人工呼吸管理が開始されています。

 午前8時半の血液検査で、7㎎/dℓという極度の低血糖状態が明らかになりました。

 2週間後に撮影された頭部CTでは、両側前頭葉頭頂葉側頭葉、基底核領域に広範な低吸収域が認められ、低酸素性虚血性脳症と診断されました。その後、Aくんは低酸素脳症後遺症のびまん性脳萎縮により身体障害者1級に認定されています。

 

 腹壁破裂は、先天的にへその緒より右側の腹壁が欠損し、本来ならば体内にある臓器(小腸・胃・結腸・肝臓など)の一部が体外に脱出している状態で生まれる病気です。胎生3〜4週頃の腹壁形成不全が原因と言われており、先天性の疾患ではありますが、遺伝子異常によるものではありません。頻度は、出生5000〜10000人に1人程度で、意外と多いですね。

 出生直後に治療しなければ、腹膜炎を起こしたり、脱出した臓器から水分や体温が奪われ、脱水や低体温で死亡することもあります。今日では、出生前に診断して、分娩直後に手術することが可能になったため、死亡率は10%以下になりました。

 脳は、血液中のブドウ糖を唯一のエネルギー源としていることから、低血糖が続くと、意識障害などの中枢神経症状を呈し、昏睡から呼吸停止に至る場合もあります。成人の場合、ほとんどはインスリンあるいはSU剤での血糖コントロール中に起こりますが(CASE19:血糖降下剤服用中の高齢者の意識障害が低血糖昏睡であることに気付かず、対応が遅れて遷延性意識障害となった事例)、乳幼児期は、肝臓のグリコーゲン貯蔵量が少ないことなどからいろいろな原因で低血糖に陥ります。

 

 Aくんの場合、生後4ヶ月とはいえ、ほとんど新生児並の体重で、血糖の予備能が乏しいところに、手術侵襲のストレスが加わったことが低血糖の原因であろうと思われます。

 手術中はそれなりの糖分補給はなされていたようですが、結果からみれば、不足だったということになります。

 もちろん、結果だけから責任を問うことはできません。

 本件で問題になったのは、まず、18時の血液検査で19㎎/dℓと明らかな低血糖を示していたにもかかわらず、翌朝まで、低血糖を解消するためのなんらの措置もとられていないということです。

 この点について、B病院側は、21時頃に実施された簡易血糖測定器による測定で正常値であったことからすれば、19㎎/dℓという18時の検査は測定ミスだった可能性が大きいと主張し、また、仮に18時の19㎎/dℓという検査結果がミスでないとしても、21時頃の測定で72㎎/dℓと正常値に回復しているのだから、特段の措置は不要であると主張しました。

 18時頃の血液検査の数値に比較して、21時頃の簡易測定器による数値の方が正確なのだという病院の主張は説得的なものとも思えません。その一方、一概に簡易測定器による測定値の信頼性が低い、とも言えないようです。多くの資料は、「簡易測定器で異常値が出たら必ず採血による再検査を行う」としていますが、簡易測定器での測定値が正常である場合に再検査が必要だとはしていません。

 ただ、18時に19㎎/dℓという数値があり、21時に72㎎/dℓという数値があって、そのいずれも正しいとした場合、それはAくんの血糖値が極めて不安定な状況にある、ということを意味します。そうであるならば、Aくんの血圧が不安定になった手術翌日未明の段階で、もういちど血糖値を調べるべきだったはずです。

 幸いにして、Aくんの腹部臓器の障害は、B病院での治療が奏功し、この裁判を始めた頃には、普通の食生活が可能になっていました。おそらく血圧が不安定になった時点で低血糖が発見されていれば、呼吸停止及びそれによる低酸素性虚血性脳症に陥ることもなく、健常な発育が可能だったのではないかと思われます。

 この事件は、裁判所の和解勧告により、B病院の責任を前提とした和解が成立しています。

© 九州合同法律事務所