取り扱い事件

患者の権利法運動

患者の権利法運動

日本における患者の権利運動は1980年代にはじまります。当時、「埋もれた人権侵害」と言われていた医療過誤被害の救済に取り組んできた弁護士たちを中心に、「患者の権利宣言起草委員会」が結成され、1984年10月21日に、「患者の権利宣言案」が発表されました。この「宣言案」は、医療に関係するさまざまな団体が、自ら議論を重ね、それぞれの「患者の権利宣言」を策定するための叩き台として提案されたものです。単に発表して終わりということではなく、これを運動の旗印として、「患者の権利」に関する議論を拡げていこうという願いが込められています。

 

実際、1980年代後半から1990年代はじめにかけて、全国各地で患者の権利に関するシンポジウムが開催され、「患者の権利」という言葉が日本に定着していくことになります。この運動は、全国保険医団体連合会の「開業医宣言」(1989年)、日本生協医療部会の「患者の権利章典」(1991年)といった形で、医療を提供する側にも大きなインパクトを与えました。

 

このような成果の上にたって、1991年、「患者の諸権利を定める法律要綱案」を掲げて患者の権利法をつくる会が設立されます。その設立の趣旨を、患者の権利法要綱案パンフレットの序文(1993年改訂版に寄せての文章)から引きたいと思います。

 

私たちはここに「患者の権利法」を制定することを呼びかけます。「権利宣言」ではなく法律をつくるという観点から考えることは、単に個別的な医療関係における権利義務の関係を越えて必然的に「患者の権利」という観点からわが国における医療制度全体を見つめ直す作業を伴います。ここにお届けする「患者の権利法要綱案」は、これから立法活動をすすめていくための、つまりわが国の医療行政を患者の権利を基軸として再編成していくための「たたき台」として作成されたものです。この「たたき台」を仕上げていく過程において、各方面から積極的な参加を得て意見を交流させていくことができるなら、それ自体が、患者を主人公とした「参加する医療」の担い手たる患者と、患者との共同作業のなかで医療の前進を支える医療者との新たな連帯をつくりあげていく重要な一歩となるでしょう。

 

患者の権利法をつくる会は、1991年設立以来、インフォームド・コンセントの普及・定着のために全国でシンポジウムを開催していきました。インフォームド・コンセントが医療に不可欠なものであるという考え方がほぼ定着した90年代半ばからは、インフォームド・コンセントを実質的に支えるカルテ開示制度化を目指す運動を展開しました。さらに、1999年以降は、患者の権利運動の原点ともいえる医療被害の救済、医療事故再発防止システムに取り組んできました。

 

九州合同法律事務所は、患者の権利法をつくる会の設立以来、一貫してその事務局を担っており、1998年以降は、小林が事務局長を務めています。また久保井が編集長として発行している機関誌「けんりほうニュース」は、2016年5月現在で既に248号を重ねています。

 

患者の権利法をつくる会はいま、医療基本法制定による患者の権利法制化を最大の課題と位置付けています。

 

患者の権利法をつくる会の活動の詳細については同会のホームページをご覧下さい。