整形・形成外科
2025/10/27

CASE59:ボルタレンに対するアレルギーを申告していた患者にジクロフェナクナトリウムを投与したところ、意識レベルが低下しそのまま死亡。アナフィラキシーショックが疑われた事例(訴訟前の示談)

 Aさんは81歳の女性です。相手方のB美容クリニックでは、複数回にわたって隆鼻術や、いぼの除去などの施術を受けてきました。

 今回は、下まぶたのたるみを直すための施術(眼窩脂肪織除去術)を受けたところ、術後の鎮痛剤ジクロフェナクナトリウムの投与から7〜8分後に「胸がきつい」と訴えはじめ、嘔吐し、血圧及び酸素飽和度が低下意識も消失してしまいました。救急車に収容された時点では既に心室細動の状況であり、搬送されたC病院で心肺蘇生術を受けましたが、奏功せず、その日のうちに亡くなりました。

 C病院の死亡診断書の直接死因の欄には、「心疾患の疑い」と記載されています。

 

 Bクリニックは、本件を医療法6条の10の「医療事故」として、調査を行い、その報告書を遺族に交付しています。

 しかし、その内容は、時系列を整理して、「原因を明らかにするための調査の結果」の欄に、「今回の事故では、特定できる原因は不明である。インシデントレポートを作成し、事故の振り返りを行うことで、事故のない医療現場を作るよう話し合いをし、対策を周知させる」と記載しただけのものでした。いったいどんな振り返りを行うというのか、どんな対策を周知させるというのか、どこにも書いてありません。医療事故調査が適切に実施されていない例はよくみますが、これほどまでに無内容な事故調査報告書は見たことがありません。

 

 ごく普通に考えれば、Aさんの死亡原因は、アナフィラキシーショックであると思われます。

 アナフィラキシーとは、「アレルゲン等の侵入により、複数臓器に全身性にアレルギー症状が惹起され、生命に危険を与え得る過敏反応」であり、アナフィラキシーに血圧低下や意識障害を伴う場合を、アナフィラキシーショックといいます。

 本件当時のアナフィラキシーガイドラインでは、「一般にアレルゲンとなりうるものへの曝露の後、急速に(数分〜数時間内)発現する以下の症状(皮膚・粘膜症状、呼吸器症状、循環器症状、持続する消化器症状)のうち二つ以上を伴う」場合には、アナフィラキシーと診断することとしていました(この診断基準は2022年に一部改定されています)。

 鎮痛剤ジクロフェナクナトリウムの添付文書には、重大な副作用として、「アナフィラキシー」が挙げられており、一般的にアレルゲンとなり得ることは間違いありません。Aさんは、ジクロフェナクナトリウム投与から7〜8分後に嘔吐(消化器症状)を呈し、血圧が低下して意識を失ってしまったのですから、上記のアナフィラキシーの診断基準を十分充たしていますし、同時にアナフィラキシーショックの定義に該当しています。

 

 それにもかかわらず、Bクリニックが、「特定できる原因は不明」としたのは、C病院が、アナフィラキシーショックと明確に診断していないからだと思われます。C病院の担当医は、カルテに、「局所麻酔下で眼窩脂肪織除去術を受けた後なのでキシロカインアレルギーや術後に使用したジクロフェナクのアレルギー、アナフィラキシーショックも疑われる。しかし、アナフィラキシーショックにしては、アドレナリンへの反応に乏しすぎ、また直前の頻拍傾向や皮膚発赤、呼吸苦などの典型的症状を認めていないことから、アナフィラキシーショックだとしても非典型的である」との見解を記載していました。

 確かに、アナフィラキシーの多くはアドレナリンに反応しますが、それは患者の体質にもよると思われますし、アナフィラキシーを呈してからアドレナリン投与までの時間的間隔にも左右されるはずです。また、アナフィラキシーの症状は多様で、必ずしも典型的な症状が先行するとは限りません。だから、C病院が把握している事実だけでも、アナフィラキシーと診断するべきではないかと思われます。

 ただ、C病院の担当医には、重要な事実が伝わっていませんでした。

 

 Aさんは、ボルタレンに対するアレルギーを、Bクリニック初診時(本件の10年前)に申告していたのです。ボルタレンの成分は、ジクロフェナクナトリウムであり、本件で使用されたジクロフェナクナトリウムというのは、ボルタレンの後発品(ジェネリック)です。つまり、ジクロフェナクナトリウムは、Aさんにとって、既知のアレルゲンでした。

 前記アナフィラキシーガイドラインでは、「当該患者におけるアレルゲンの曝露後の急速な(数分〜数時間内)血圧低下」の場合には、他の症状を問わず、アナフィラキシーと診断することとしています。

 

 このことを踏まえれば、C病院の担当医も、躊躇無く、アナフィラキシーショックと診断したのではないかと思います。

 Bクリニックの院長によれば、この事故の数年前に、クリニックで使用する鎮痛薬をロキソニンからジクロフェナクナトリウムに変更しており、その際に、改めてAさんにも薬剤のアレルギーを聴取したはずだ、その際にはAさんから何の申告もなかった、とのことでした。

 しかし、そのような事実はまったくカルテには残っていません。

 変更したジクロフェナクナトリウムというのは、ボルタレンという商品名で知られている薬剤であることを説明したか、という質問に対する院長の答えは、「そこまでは分からない」というものでした。

 Aさんが受診していた他の医療機関のカルテを検討すると、Aさんは薬剤のアレルギーを問われるたびに、必ず、ボルタレンを挙げていました。「副作用はどんな症状でしたか」と問われて、「アナフィラキシー症状、ひどい」と答えた医療機関のカルテも存在していました。Bクリニックで、改めて薬剤のアレルギーについて聴取されていたとしたら、ましてや、ジクロフェナクナトリウム=ボルタレンを使用してよいかどうかを問われたら、Aさんが、自分のボルタレンに対するアレルギーを申告しないはずはありません。

 

 本件の示談書には、賠償金の支払い義務とともに、以下のような謝罪及び再発防止の誓約が謳われています。

 アナフィラキシーショックの事案としては、以下のものも挙げていますので、併せてご参照いただければと思います。

 

CASE28:ヨード造影剤副作用既往のある患者にヨード造影剤イオメロンを使用し、アナフィラキシーショックで死亡した事例

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