紫式部からは「けしからぬ方」、道長からは「浮かれ女」と称されただけのことはあって、和泉式部の周辺には、男性の影が絶えませんでした。
そのことは、式部自身が、日記で認めているところです。
宮も、言ふかひなからず、つれづれのなぐさみにとおぼすに、ある人の聞こゆるやう、「このごろは、源少将いますなる、昼もいますなり」と言えば、「また治部卿もおはずるなるは」など口々に聞こゆれば、いとあはあはしうおぼされて、久しう御文もなし。
(和泉式部日記)
ここで源少将と呼ばれているのは源雅通、治部卿と呼ばれているのは源俊賢。
こういった男性たちとの関係が噂に止まるのか、実事を伴うものなのか、日記からは分かりません。
ただ、和泉式部集にみられる雅通とのやりとりからは、少なくとも、一時期、そのような関係があったことは窺われます。
雅通の少将、有明の月を見て、おぼし出づるなるべし
寝覚めしてひとり有明の月見れば昔見慣れし人ぞ恋しき (正集255)
かへし
寝られねど八重葎せる槇の戸におし明け方の月をだに見ず (正集256)
日記には登場しないものの、おそらく間違いないと思われるのは、道長四天王の一人で、平忠常の乱を平定したことで知られる源頼信との関係です。
紫の織物の直垂を置きたりけるを、やるとて、よりのぶに
色に出でて人にかたるな紫の根ずりの衣きて寝たりきと (正集249)
この歌からは、人目を忍ぶ一夜の関係が想像されるところですが、もう一つの頼信とのやりとりからすれば、必ずしもそうではなさそうです。
霜の白きつとめて、人のもとより
今朝はしも思はん人は問ひてましつまなき閨の上はいかがと (正集199)
返し、よりのぶ
つまなしといふはまろやは数ならぬ聞くにしもこそ心おかるれ (正集200)

式部の歌にいう「つまなき閨」の「つま(夫)」は誰を指しているのか。詠まれた時期が不明ですが、考えやすいのは、式部を都に置いたまま和泉に赴任してしまった橘道貞ではないでしょうか。
わたしのことを想うのであれば、心配してくれるんじゃないかな、「夫がいない寝室はさぞかし寂しかろう」と。
それに対して、「夫がいないっていうけど、おれがいるじゃないか。そんなこと言うんじゃないよ」という頼信の返し。少なくとも、頼信の方は、式部の夫気取りであった時期がありそうです。式部の方もそれを見越して詠みかけているようで、そのあたり、「けしからぬ」といえば「けしからぬ」のですが、当時、夫から去られ、親から勘当され、幼い小式部内侍を女手一人で育てていた式部としては、やむを得なかったのかもしれません。
ところで、式部の最後の夫となった藤原保昌は、やはり道長四天王の一人でした。
源頼信と藤原保昌とが、和泉式部をめぐって争うことになったら、それはもう「竜虎相撃つ」の大変な事態ですが、おそらく時期が異なるものと思われます。
一方、式部に言い寄ったものの、色よい返事をもらえなかったらしいのが、藤原道綱。
傅の殿より
袖濡れていずみという名は絶えにきと聞きしを数多人の汲むなる (正集236)
返し
影みたる人だにあらじいずみてふ名の流ればかりぞ (正集237)
これは帥宮が亡くなって間もない頃のやりとりだと思われます。悲しみに沈んでいるかと思えば、今でも男出入りが盛んらしいねという道綱に対して、あたしの姿を見た人はいないはずです、和泉式部という浮名が流れているだけですよ、という返し。
又 同じ殿より、東宮のなほただに書かせて
音にのみならしの岡の郭公言語らはん聞くや聞かずや (正集238)
その御文をかへしたれば、また
人ゆかぬ道ならなくに何しかも飯田のはしのふみかへすらん (正集239)
かへし
なおやめよふみかえさるるをはりだの板田の橋はこぼれもぞする (正集240)
蜻蛉日記の著者の息子に似つかず、いかにもデリカシーのない道綱のアプローチを、「なおやめよ」とピシャリはねつける式部がかっこいい。
和泉式部との艶聞が、沙石集、古事談など様々な文書で伝えられている道命阿闍梨は、この道綱の息子です。式部と道命の歌には、表現面で他の歌人たちに比べて格段の重なりがあることが指摘されており、なんらかの影響関係が想定されるところではありますが、意外なことに、この二人の間の贈答歌は残されていません。
しかし、誰とは特定できないものの、式部のもとに通ってくる僧侶がいたことは間違いなさそうです。
いと尊き法師の、汚げなる帯を落としたるをみて
法の師のときおきてける帯なれど罪深げにも見ゆる物かな (続集1211)
式部の前で帯を解いたのは、法師だけではないでしょう。しかし、本来ならば女犯を禁じられている法師が帯を解くのは、他の男たちが帯を解くのとは、その罪深さが違います。もちろん、式部が帯を解くこととも。
見事なカメラワークで捉えられた印象的な場面。とても、この時代の歌とは思えません。
思いかけず計りて、物言ひたる人に
これもみなさぞな昔の契りぞと思ふものからあさましきかな (続集1174)
枕だに知らねば言はじ見しままに君に語るな春の夜の夢 (続集1175)
人問はばいかが答へん大方は君も忘れね我も嘆かじ (続集1176)
なんらかの偽計を用いて、式部と枕を交わしたこのけしからん男が誰であるかも特定できません。
思いがけない成り行きに呆れつつも、これも前世からの因縁だからしかたないとサッパリ割り切り、誰にも言わないようにね、あなたも忘れてください、わたしも何も言わないので、という式部の潔さも、カッコいいですね。一首目は千載集、二首目は新古今集に採られていますが、こうやって三首続けてみるとちょっとした掌編小説のような味わいがあります。