脳神経外科
2025/05/02

くも膜下出血で死亡した患者につき、複数の医療機関及び検査機関の未破裂脳動脈瘤見逃しの責任が問題になった事案(一審で訴訟上の和解)

 約4年前に乳がんの手術をして、そのフォローのため乳腺外科に定期的に通院していたAさん(当時65歳)は、8月頃から右眼に違和感を覚えるようになり、9月に入って、急な視力低下・右眼瞼下垂・頭痛・ふらつきの症状が出現しました。その訴えをきいた乳腺外科のドクターは、B病院に「脳転移の有無も含め、頭部MRIを勧めています」として紹介、B病院で、MRI及びMRA検査が行われました。その結果、MRIで脳転移は否定され、MRAの検査結果も、「主幹動脈に動脈瘤は指摘できない」というものでした。

 それから1週間、さらに症状が悪化したAさんは、乳腺外科に相談のうえ、眼科、耳鼻科を受診、そこでC病院神経内科を紹介され、その際、B病院で撮影された画像をC病院に持参するよう勧められました。

 C病院神経内科はAさんを右動眼麻痺と診断し、入院させました。その原因として、トロサ・ハント症候群を疑い、入院3日目からステロイドパルス療法を開始しています。

 Aさんが、C病院のエレベーター前で倒れている姿で発見されたのは、入院11日目でした。緊急で実施された頭部CTで右内頚動脈−後交通動脈分岐部の動脈瘤が発見され、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断されました。Aさんは意識を回復することなく、約3週間後に亡くなりました。

 実は、この脳動脈瘤は、AさんがB病院から持参した頭部MRA画像にも写っていました。この脳動脈瘤が、B病院でもC病院でも見逃されていたのです。

 ご遺族が事務所に相談に来られた時点では、すでにC病院との交渉が始まっていました。C病院は、持参の頭部MRAに写っている脳動脈瘤が見逃してしまったことは認めつつも、画像処理が悪く脳動脈瘤を発見することが容易ではないこと、B病院が依頼したD検査センターの読影専門家も動脈瘤を否定していたことから責任を否定し、解決金300万円を提示していました。

 画像を丁寧に見てくれれば脳動脈瘤は発見できたのではないか、妻の死という結果は避けられたのではないか、300万円での解決では納得がいかないという遺族の意を汲んで、C病院と交渉を開始しました。また、そもそも最初に見逃したのはB病院であることから、B病院にも損害賠償の請求を行いました。

 しかし、B病院もC病院も、お互いに相手の過失が大きいことを主張し、遺族の納得のいく解決は得られませんでした。

 やむなく、双方を被告として裁判を起こしました。

 脳動脈瘤は、破裂するまでなんの症状もないことが多いのですが、内頚動脈後交通動脈分岐部の動脈瘤は、その付近に動眼神経が走行しているため、この部位の動脈瘤が大きくなると、動眼神経の圧迫により眼瞼下垂などの症状を起こします。そのため、片眼性の眼瞼下垂の症状をみた場合、内頚動脈後交通動脈分岐部の動脈瘤の存在を疑う必要があるとされています。それにもかかわらず、頭部MRAに写っている内頚動脈後交通動脈分岐部の動脈瘤を見逃したという過失はあまりに明らかでした。

 また、確かにB病院で撮影された頭部MRAは、脳動脈瘤を発見するのに適した画像処理がなされていませんでした。しかし、そのような画像処理は、さして困難なことではありません。訴状には、B病院及びC病院の医師がみたであろうデフォルトの画像と、わたしの方で画像処理をして、脳動脈瘤がわかりやすくした画像をつけました。

 このような事件でしたので、裁判所も比較的早期に、B、C両病院に、有責前提の和解を勧めてくれました。

 しかし、B病院は、C病院との責任割合を争うだけではなく、MRA画像の読影を誤ったのは、B病院の医師ではなく、画像読影を委託したD検査センターの医師なのだから、自分に責任はないとして争い、和解を受け入れませんでした。

 そのため、さらにD検査センターを被告をして裁判を起こし、先行するB、C両病院を被告とする裁判に併合することになりました。その後、B病院とD検査センターとの間で、適切な画像処理を行う責任は、撮影するB病院にあるのか、読影するD検査センターにあるのかといった、原告である遺族としてはどっちでもいいような論争が続きましたが、最終的には、死亡慰謝料及び逸失利益相当額について、C病院が60%、B病院が14%、D検査センターが26%という負担割合での和解が成立しています。

 B病院とC病院との責任割合がなかなか難しい問題であることは最初からわかっていたことではあるのですが、B病院が、D検査センターの責任を主張して争ったのは想定外でした。

 今日の医療においては、さまざまな検査が外部委託されています。

 しかし、一般に、患者は医療機関を信頼して受診するのであって、その医療機関がどこになにを委託するかは、患者の関知するところではありません。それなのに、その委託先が間違ったのだから医療機関は責任を負わないということがあるでしょうか。その委託先が倒産した場合、患者は泣き寝入りということにならざるを得ないのでしょうか。

 このような場合、診療契約は患者と医療機関との間にあるのであって、委託先は、その診療契約における医療機関側の「履行補助者」にあたるというのがわたしたちの基本的な考え方です。したがって、本件の過失がD検査センターにあったとしても、患者に対して損害賠償責任を負うのはB病院です。場合によっては、B病院からD検査センターへの求償が行われることはあり得るとしても、それは患者とは関係のないところでやってもらえばいいことです。

 ところが、大島眞一裁判官の「医療訴訟の現状と将来〜最高裁判例の到達点〜」(判例タイムズ1401号)という論文が、専門業者である委託先の過失について、委託元の医療機関の責任を否定する見解を示しており、それが本件のような場合における医療機関の主張の根拠となっているようです。極めて問題のある論文であり、機会があればなんとか糺したいものだと考えています。

 また、D検査センターを提訴して初めてわかったことですが、適切な画像処理を行う責任がどちらにあるのか、委託先と委託元の認識が一致していないというのも意外なことでした。そのような関係も整理されていないまま読影の委託が行われているとするならば、本件のような医療事故の再発防止はおぼつきません。

 和解成立後、B、C両病院に対しては、改めて、本件を医療法上の医療事故として取り扱い、医療事故調査を行って再発防止策を講じてほしいとの要望を行いましたが、いずれの医療機関も、医療事故調査を行っていないのは、ほんとうに残念なことです。

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