一昨年は、NHK大河ドラマ「光る君へ」が、話題になりました。ほんの2〜3回しか観ていないのですが、吉高由里子さんの演技は、みごとなものでしたね。
吉高さんといえば、ハイボールのCMで、いわば、「はっちゃけたお姐さん」という印象が強く、彼女が紫式部役と聞いたときには、ちょっと首を傾げたものです。
その一方で、紫式部歌集にある、こんな歌を頭に浮かべたりもしました。
方違へにわたりたる人の、なまおぼおぼしきことありとて、帰りにける早朝、朝顔の花をやるとて
おぼつかな それかあらぬか 明け暗れの 空おぼれする 朝顔の花
方違えということで泊まりに来た男の行動が、なにか、怪しげだったんでしょうね。このときにはまたお姉さん存命のようなので、そちらに夜這いをかけようとしたのかもしれません。あるいは、お姉さんの部屋と間違えて、まだ少女であった紫式部の部屋に迷い込んでしまったとか。
源氏物語「帚木」帖で、伊予介宅に方違えにきた光源氏のエピソードを彷彿とさせます。
あれ、いったい、どういうことだったの?
なに、とぼけた顔をしているの?
いかにも才気煥発な、少女らしい歌に思えます。
父為時をして、
口惜しう。男子にてもたらぬこそ、さいはひなかりけれ
(紫式部日記)
と歎かせたのは、この頃だったのではないでしょうか。
こんな紫式部であれば、吉高さんのイメージに、ピッタリです。もちろん、実年齢はだいぶ違いますが。
紫式部の歌として、最も人口に膾炙しているのは、百人一首の一字決まり「ムスメフサホセ」の「メ」の歌でしょう。
早うより、童友だちなりし人に、年ごろ経て行きあひたるが、ほのかにて、十月十日のほど、月にきほいて帰りにければ
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月影
因みに、結句は、現在の百人一首では、「夜半の月かな」と詠まれるのが普通ですが、紫式部集、新古今和歌集ともに「夜半の月影」です。
これ、歌だけを知っていた頃は、男女の巡り逢いと別れを詠んだものだとばかり思っていました。ところが、詞書からすると、相手は幼なじみの、おそらくは同性なんですよね。
この時代に幼馴染みの友だちを詠った歌って、他にあるんでしょうか。幼なじみといえば、伊勢物語の筒井筒の歌はありますが、あれは将来的に夫婦になる男女の話です。こんな、少女めいた感覚の歌は、ちょっと思いつかない。
こういう歌が私家集の冒頭を飾っているというだけでも、紫式部という人は、歌詠みとしてもかなり独特な人だったのではないかという気がします。
少女っぽい感覚の極めつけをもう一つ。
姉なりし人亡くなり、又、人の妹うしなひたるが、かたみに行きあひて、亡きが代りに、思ひかはさんといひけり。文の上に、姉君と書き、中の君と書き通はしけるが、をのがじしとをき所へ行き別るるに、よそながら別れをおしみて
北へ行く 雁のつばさに ことづてよ 雲の上がき 書き絶えずして
姉を亡くした妹と、妹を亡くした姉が、お互いを、亡くなった身内の身代わりにして、姉妹のように手紙を交わす。そのうち、それぞれ、遠いところに行くことになり、別れを惜しむ。
まるで、大正時代の女学校の友人関係みたいですね。
歌に限らず、日本文学一般に話を拡大しても、女性同士の友情を描いた作品が出現するのは、ごく最近のことではないでしょうか。